2011年10月25日火曜日
友師会 第六回震災復興支援 その1
第6回 東日本大震災復興支援が行われました。
今回は、大アクシデントがありました。
いつもながらマイクロバスで13時間かけて東北に向かう道中のこと。
夜中にガガガガガ~とバスが揺れました!
乗っていたメンバーは寝ていた方も多くとっさに「居眠り運転で壁にぶつかったのか!」と思った方も居ました。
実はバースト!レンタカーの新しいタイヤだったのですが、道中に何か落ちていたのか左フロントのタイヤが破裂して左側が地面に接触したまま火花をあげてました。
幸い運転していたのがメンバーの中でも慣れた方だったため、横転せず、ガードレールにも接触しないで停車することが出来たのです!
ところが、トラックなどのタイヤは破裂すると凄い破壊力です。左側のタイヤハウス周辺がボロボロになり、電気系統をやられて走行不能になってしまいました。
レンタカー会社に連絡して代車が来るまでメンバーはパーキングで待機しなければなりませんでした。ハイエースと2台だったので幸い予定を変えることなく、支援は出来ましたが…。
本当にメンバーに怪我が無くて良かった!
事故で他車を巻き込んだりしなくて良かった!
さて今回の支援は、山元町の皆さんが移動した東田地区の仮設住宅で足湯隊と芋煮会、それだけではありません、なんと仮説の公民館で追悼法要をさせていただけることになったのです。
芋煮は、イモをメインにした具だくさんの豚汁のような感じで東北では、いろんな行事にはつきものだそうです。今回は、この芋煮会の費用を友師会と高野山の災害対策本部が持ち、現地の仮説のご婦人達が準備をしてくださいました。
中央公民館で何度も足湯を経験してくださった方々が中心となって芋煮会の準備を整えてくれている横で足湯。
仮説には、あちこちの避難所におられた方が集めっているため、初めて会う方もおられましたが、
百人を超える方に足湯を経験していただきました。
第六回復興支援準備
友師会は、僧侶の会なので八月はお盆参りなどで参加できる方が少なく、八月は次の支援の下見になりました。
どうにか都合をつけることのできた2名が後の支援につなげるべく現地入りしてくれました。
八月中には、いままで入らせてもらっていた、山元町の中央公民館と亘理町の婦人センターのみなさんが仮設住宅に移られたこともあり、新たな支援の形を作るため、あちらこちらと交渉をしてきました。
写真は坂本駅。
第4回の支援の時拝ませていただいたところですが、連絡通路が撤去されており景色が変わっています。
草原に見えますが、人の営みのあったところ。
今回は、仮説住宅に移られた方の現状を見せていただいたり、イチゴ農家を訪問させていただきました。
友師会メンバー用のFacebookから参加者の報告
30/31と今後の活動打ち合わせと今までの活動地仮設に顔を出 してきました。
色々と変わっていましたが、皆さんが私達を待っていてくれている ことに感謝です。秋彼岸があけると活動開始します。
行政の担当の方でも宗教者宗教活動に心優しい方がいることに嬉し く思いました。
犠牲者の供養が地域全体で出来るように計画頂いています!
やはり成仏出来ない犠牲者の事で、被災者も前に進み辛いようです 。
色々と変わっていましたが、皆さんが私達を待っていてくれている
行政の担当の方でも宗教者宗教活動に心優しい方がいることに嬉し
犠牲者の供養が地域全体で出来るように計画頂いています!
やはり成仏出来ない犠牲者の事で、被災者も前に進み辛いようです
今までの活動に感謝の言葉をいただきました。
心を癒す事がこれからも 大事な支援です。現地に行ってお話しを聞くだけでも素晴らしい支 援ですので、時間が空けば空路で支援に向かえるように友師会とし ても今一度考えましょう!
お爺さんお婆さん、子供達(角田のまなかな)お姉さん達が「何時 来るの」と私達を待ってくれています。
お爺さんお婆さん、子供達(角田のまなかな)お姉さん達が「何時
2011年7月14日木曜日
友師会 第五回支援活動のようす その2
午後からは、角田町婦人支援センターで同じく、炊き出しと、足湯をさせて頂きました。
だんだん手慣れてあっと言う間に準備完了。
こちらの施設には、今まで物資を配ったことがありましたが、実際に避難している方々と
ふれあうのは、初めてでした。
足湯を始めた頃に、小学生がみんな帰ってきて、「私もしてもらう!」
今回は、なんと三才から九二才のおばあちゃんまで、たくさんの人が足湯を経験して下さいました。
小さい子は、こってるところが無いから、反応もイマイチかな?と思うと、アロマの香りや、会話に夢中。
それから、今回三重県から参加してくれた、木田師と我が友師隊の多門師がサッカーボールを蹴り始めると、子どもたちと一斉に仲良くなれました。
足湯をしていると、子どもたちが、「なあなあ、おっちゃんら泊まって行ってよ!」冗談かと思ったら、周りの大人や、おじいちゃんおばあちゃん達まで、「あそこの部屋なら、この人数寝られるんでね」
などと相談を初めてくれたのが、とても嬉しかったのですが、宿もとっていたので、お断りすると、
本当に残念がって下さいました。
おいかけっこしたり、氷をぶつけ合ったり、本当に楽しい時間を過ごせました。
友師会一同、汗だくで、そうめんに足湯に、子どもたちとのふれあいに満足させて頂きました。
四時間ほどの滞在でしたが、本当にこっちが満足してどうする?というほど、楽しく、笑いの絶えない支援活動となりました。
だんだん手慣れてあっと言う間に準備完了。
こちらの施設には、今まで物資を配ったことがありましたが、実際に避難している方々と
ふれあうのは、初めてでした。
足湯を始めた頃に、小学生がみんな帰ってきて、「私もしてもらう!」
今回は、なんと三才から九二才のおばあちゃんまで、たくさんの人が足湯を経験して下さいました。
小さい子は、こってるところが無いから、反応もイマイチかな?と思うと、アロマの香りや、会話に夢中。
それから、今回三重県から参加してくれた、木田師と我が友師隊の多門師がサッカーボールを蹴り始めると、子どもたちと一斉に仲良くなれました。
足湯をしていると、子どもたちが、「なあなあ、おっちゃんら泊まって行ってよ!」冗談かと思ったら、周りの大人や、おじいちゃんおばあちゃん達まで、「あそこの部屋なら、この人数寝られるんでね」
などと相談を初めてくれたのが、とても嬉しかったのですが、宿もとっていたので、お断りすると、
本当に残念がって下さいました。
おいかけっこしたり、氷をぶつけ合ったり、本当に楽しい時間を過ごせました。
友師会一同、汗だくで、そうめんに足湯に、子どもたちとのふれあいに満足させて頂きました。
四時間ほどの滞在でしたが、本当にこっちが満足してどうする?というほど、楽しく、笑いの絶えない支援活動となりました。
友師会 第五回 支援活動のようす その1
7月11日~13日の3日間の日程で、山元町にお邪魔いたしました。
今回の目玉は、素麺流し。
中央公民館の水の使用許可が下りたので、竹を持ち込み、素麺流しをさせてもらいました。
いつものとうり足湯もさせてもらいましたが、その中の会話で一同ビックリ!
流し素麺という物を食べたことが無い方ばかり。
宮城県のこの辺は、うーめんというのが一般的で、素麺はあまり食べないそうで、
しかも、流水で流れてくる麺を食べるシステムが無いのだそうです。
流れてくる素麺を、一生懸命捕まえて食べようとされるので、お箸を立てて、引っかかったぶんをすくって食べるんですよ。と言うと、「そうなんですか」
忙しすぎて写真を撮るのが追いつかないくらいの勢いで、皆さん食べて下さいました。
足湯の方も、たくさんの方が来て下さって、いろんなお話をして下さいました。
梅雨が明けて、浜風も心地よく、和やかな時間があっと言う間に過ぎていきました。
2011年7月4日月曜日
友師会 (播磨、島根、三重)青年教師会合同 第四回支援のようす その3
物資配送、足湯隊、イチゴ農家の瓦礫撤去作業と3部隊に別れてそれぞれの作業場所に移動しました。
これは足湯隊。
中央公民館で足湯隊と、高野山カフェを行いました。
前回、前々回の支援活動も、この中央公民館で執り行なったので、たくさんの人が、覚えていて下さいました。
足湯の後は、高野山カフェでお茶とお茶菓子をお接待。
みんな、終わった後もゆっくりとくつろいで下さいました。
たこ焼きしてくれたよね~とか
トマトくれたお坊さん達でしょ!など、今までの活動の手応えをしっかり感じることが出来ました。
2011年7月2日土曜日
友師会 (播磨、島根、三重)青年教師会合同 第四回支援のようす その2
物資搬入後、山元町の真言宗智山派 明光院さまで、物故者の追悼をさせて頂きました。
震災一ヶ月目に伺わせて頂いたときには、たくさんの御遺骨が並んでいましたが、身元不明の方も少しずつ判明し、その数が減っていました。
一同真剣に、それぞれの想いを胸に経を唱えました。
現地対策本部、弘法寺でに常駐しすでに2ヶ月以上走り回っている、藤井真澄師も参加下さり、
被害のひどかった坂元駅でお勤めをさせて頂きました。
初めて現地入りした、各青年教師会の面々は、言葉も無く、静かにその風景を目に焼き付けていました。
己の無力さを感じながら、亡くなられた全てに祈りを捧げ、願わくは思いが届かん。と一心に手を合わせました。
友師会 (播磨、島根、三重)青年教師会合同 第四回支援のようす その1
第三回の支援から二週間、今回は、いつもの友志会のメンバーだけでは無く、播磨青年教師会、島根青年教師会、三重青年教師会の僧侶と合同で、支援活動をさせて頂きました。
友志会が、いつも行かせて頂く山元町に、各地の青年僧侶が連携して下さいました。
いつも10人以下で現地入りしますが、今回は24名!
物資も、播磨の寺院、その檀家様、ご縁があって支援してくださった皆様のおかげで、たくさん運び込むことが出来ました。
梅雨のさなかの暑さは、長い避難生活をおくる方々に重くのしかかっています。
今回は、現地の要望もあり、蚊取り線香や、防虫スプレー、タオルケットや、Tシャツなどの夏物衣料、そして前々回好評だった生野菜を保冷車を使って運び込みました。
山元町役場。ここに物資の集配所と、中央公民館があります。
一時400名を越えて避難されていた、中央公民館も、200名ほどになり、テントや自衛隊の車も減っています。
震災後、重機や自衛隊の車が、懸命の作業を続けておられた坂元地区。
現在では、ほとんど大きな瓦礫の撤去作業が終わっています。
あちこちに、梅雨の雨がたまって、池が出来ていました。
地震で緩んだ地盤はくずれやすく、梅雨の雨は、二次災害の危険を呼んでいます。
津波に流されなかった家屋も、屋根にブルーシートを載せた家が目立ちました。
山元町もまだまだ立ち入り禁止区域が多く家の修復がいつになるか、目処も立っていないと現地の方がお話しされていました。
瓦礫で一杯だった海沿いの風景は、緑が増え心が痛くなるような風景が、少しずつ変化しています。
現地の方に「雑草は強いですね」と言うと、「雑草だけじゃ無くて、あちこちとんでもないところに、トマトやカボチャが生えてるよ」
流された畑のどこかに種があったのか、自然と生えているそうです。
被災地は、暑い夏を迎えます。
2011年6月15日水曜日
友師会 第二回支援活動のようす その3
三日目は、災害の爪痕も生々しい、南三陸町にはいり、現地の様子を見た後、
海に向かい、犠牲者の追悼のためお勤めをさせて頂きました。
人々の積み上げたものが一瞬にして奪われたこの風景を皆無言で心に刻み込みました。
なにができるだろう、なにをすればいいのだろう。
心の中で様々な思いをめぐらせ、南三陸の町を見つめる事しかできませんでした。
想いをそれぞれに心に秘めながら、今は穏やかな
南三陸の海に向かいました。
友師会 第二回支援会議のようす その2
2日目は、坂元地区避難所での足湯。
一般の足湯と違い、高野山真言宗の寺院が、近年の災害のたび行っている足湯隊の作法に則り、
足を湯につけていただきながら、手当と傾聴を行います。
傾聴は、信頼関係が出来ていない中では、なかなか難しく、心の垣根を取り去ってもらうための、足湯と、手当。
手と足をほぐすうちに、ぽつりぽつりと言葉をひきだし、傾聴していきます。
地元兵庫の千種温泉の水を現地に持ち込み、たくさんの人に足をつけてもらう事が出来ました。
友師会 第二回支援活動のようす その1
5月に行われた第二回支援活動の様子。
前回と同じく、山元町に入りました。
今回は、被災されたイチゴ農家のビニールハウスの後片付けをさせて頂きました。
新しく建てたばかりのビニールハウスが無残な姿になっています。
イチゴを植えるための砂地に覆い被さった土砂を、運搬車に乗せ、他の場所に移します。
山元町の一般ボランティアの方といっしょに作業をさせて頂きました
友師会 第一回支援活動のようす その4
被災者の方からいただいた折り鶴。
まだ幼いお孫さんが現在入院中の病床の中、折ってくれた小さな小さな折り鶴。
炊き出しの最中に声をかけられ、お礼と共にいただいた折り鶴。
友志会の一同感謝の念で心が一杯になりました。
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